19世紀にドイツのウィルヒョウという名の病理学者が発表した理論の延長によれば、癌細胞の無限増殖を止める手段は無いということになっていて、その結果、癌の進行を食い止めるには、癌の組織をすべて外科的に除去するしか方法はありえないとされてきました。   20世紀になってからは、除去に加えて薬剤で毒殺する方法(化学療法などという)、さらには放射線で焼き殺すという画期的な?方法が追加されて、現代医療ではいまだにそのような原始的で野蛮なやり方が主な治療法として盛んに行われています。

これら癌治療の三大療法はすべてその根底の思想としてのウィルヒョウの理論に立脚しているわけで、このカビの生えたような昔の誤った理論は驚いたことに今でも大学医学部で使う教科書に載っているそうです。  どうも自然治癒などありえないというより、あってはならぬということになっているようです。   ところが実際には何も治療らしきことをしなくても自然に消滅してしまうこともよくあり、ウィルヒョウの理論と矛盾します。  癌学会ではそのようなケースはむしろ「例外」として奇跡扱いされています。  奇跡というのは滅多に起こらないから奇跡なのですが、実際には自然治癒はしょっちゅう起こっていますから、それを奇跡的な例外とするのは事実に反しています。   確かに転移を繰り返すような悪性と呼ばれるような進行癌については現代医療は完全に無力ですから医師たちがそのような認識に至るのも無理ありません。  さらに、自然治癒した患者は当然ながら病院に来なくなりますから、追跡調査がされませんし、したがってその実態について学会で発表されることもないわけです。  「例外」は奇跡として永遠に闇に葬り去られ、その治癒のメカニズムについてまともに論議され研究されることもほとんどありませんでした。

さて、その自然治癒ですが、どのようにして起こるのかは本当は至って単純明快なのです。  それは言い換えれば、免疫の勝利です。  逆賊である癌細胞と治安部隊であるリンパ球との戦いでリンパ球が勝利するということです。   この戦いは規模の大きさを別にすれば人間社会の戦争と全く同じと言えます。
ビジネスの戦略として応用されているランチェスター戦略という戦争理論があります。   この理論の中心は、兵員の士気と能力、そして使用する兵器の性能が同じであれば、その数の大小が勝敗を決するという誰でも納得できる単純なことです。   つまり、攻撃目標の癌組織と互角以上のリンパ球の数、そして何よりも、その能力が勝負を決めるのです。  ここで注目すべき点は、リンパ球の能力です。   実際の戦いでは、数では劣る少数の精鋭部隊が大軍を打ち破ることも往々にしてありうるというのを歴史が証明しています。
しかしこの場合は大抵短期決戦の奇襲作戦であって、戦いが長期間に及ぶと、どうしても大群の方が有利になるようです。  桶狭間の合戦や真珠湾奇襲作戦から始まった太平洋戦争の過程を思い起こしてみてください。  

癌組織は辺り構わず増殖することからわかるように、統率がとれていません。   所詮出来損ないの細胞の集団ですから指揮系統も作戦も存在せず、兵員の士気も低いので、敵に果敢に攻撃を仕掛けるというようなこともできません。  ですから、癌組織はたとえ細胞の数が多くなっても本質的には弱い集団と言えます。  これに対してリンパ球には明確な指揮命令系統と役割分担があります。  NK(ナチュラルキラー)細胞は最前線の戦闘員で遭遇する癌細胞に次々とタンパク質分解酵素のつまったカプセル(顆粒)を打ち込みます。  カプセルを打ち込まれた癌細胞は酵素に分解されてしまいますからたちどころに死滅します。  キラーT細胞は実戦部隊を指揮する前線指揮官で、ヘルパーT細胞の発信する作戦命令に従って行動します。  T細胞たちは将校で、士官学校を卒業したエリートです。   士官学校というのは、職業軍人養成学校で、指揮官を養成する学校です。   胸の中心にある胸骨の裏側に張り付いている胸腺と呼ばれる小さな器官がそれで、骨髄で誕生した白血球の一部はそこで教育と訓練を受け、無事卒業できたものだけがT細胞として戦地へ赴き指揮官として働きます。  それでは次に癌細胞とリンパ球の戦いの実際をみてみます。

免疫不全によって生き残って増殖を開始した癌細胞の組織がある程度の大きさに成長してくると、中枢神経はこれを近い将来生命を脅かすかもしれない脅威と認識して鎮圧の準備にとりかかります。   癌組織は統制がとれていませんから、最初はあらゆる方向に不定形に拡大していきます。   リンパ球に囲まれて攻撃を受けると、無秩序とは言っても生命体である以上自己保存の本能は強いですから、自然と防御の態勢をとります。  最も堅固な防御態勢は密集隊形であって、空軍では航空機の密集編隊や陸上部隊であれば円陣です。
三次元的には、同体積で表面積が最少になるのは球です。  攻撃を受けるのは当然表面からになりますから、表面積をできるだけ小さくした方が防御上有利です。   そのため、敵の攻撃が開始されると、不定形だった組織や近隣の何ケ所かに分散してちらばっていた組織は集合して、まとまった一つの球状の塊になろうとします。   CT画像に映る癌の断面が大抵円形なのはこのためです。    

免疫状態が改善してくると数が増えた元気で勇猛果敢なNK細胞たちは、塊の表面に群がって酵素のカプセルを発射して次々に癌細胞を殺し始めます。   そうすると、球の表面近くは細胞がまばらになってきますから、CT画像では癌組織と通常組織との境界がぼやけてはっきりしなくなります。  癌細胞の死滅がさらに進むと、組織はパニックに陥り、密集隊形を維持できなくなってきますから、全体は膨張すると同時に境界はますますあいまいで不規則になり、画像上の影は薄くなります。  密集隊形が崩れると組織は完全に無防備となりリンパ球は組織の内部にも入り込んで攻撃することができるようになりますから、組織の維持は困難になり、急速に委縮し、やがてすべての癌細胞が玉砕ならぬ集団自決に追い込まれます。   死滅した癌細胞はマクロファージによって貪食消化されて最終的に排泄されますが、無機質化(石灰化)して、長期間痕跡としてその場に留まることもあり、この場合は数年経ってもCT画像から消えないこともあります。

このようにして癌は完全に死滅し、以後再増殖する可能性は極めて低くなります。  ただし、原因であった免疫不全を解消し細胞分裂の頻度を高めるような生活パターンを変え、あるいはDNAを傷害するようなものに常に接触するような環境から離れるといったことを実行せずにいると、当然ながら同じことの繰り返しになりますから注意が必要です。